傀儡の恋

BACK | NEXT | TOP

  35  



 数日後、ブレアから帰還の指示が出た。
 だが、どこか様子がおかしい。
 口調は変わらないのだが、どこか焦っているようにも思えるのだ。それはどうしてなのか。
「……厄介事でなければいいが……」
 小さなため息とともにそう呟く。
 だが、間違いなく厄介事が待っているだろう。そのために《一族》は自分達を黄泉路から強引に呼び戻したのだ。
 問題はその内容だ、と思い直す。
「あの子に危害を加えるようなことでなければいいが」
 もっとも、彼らにしても自分がその命令に従うとは思ってもいないだろう。だから、自分にその役目が回ってくるとは思えない。
 だが、他の者達であればどうだろうか。
 そこまで考えたところでラウは軽く頭を振る。今ここであれこれ考えたところで仕方がない、とそう判断したのだ。
 何よりも、それ以上に厄介な状況が近づいてきている。
「……ずいぶんと警戒が厳重になったな」
 こう呟いたのはもちろんわざとだ。誰に聞かれてもおかしくはないセリフだろう。
「どうやら、最高評議会議員の方が宇宙港に来ているらしいぞ」
 そう教えてくれたのは、オーブから来ているという商人だ。
「そうですか……出港が遅れなければいいのですが」
 深刻そうな表情を作ってそう言い返す。
「何かあったのか?」
 予想通り、彼はこう問いかけてきた。
「保護者が入院したと連絡があったので……」
 後半は言葉を途切れさせると視線を落とす。そうすれば相手が適当に誤解してくれるだろうと思ったのだ。
「それは心配だね」
 即座に彼はこう言ってくれる。
「たいしたことがなければいいのですが……その人だけが唯一の肉親なので」
 淡い笑みを作りながらそう告げた。
 戦争があったから、そんな人間はたくさんいる。だから、それ以上が突っ込んでこられないだろう。
「その人は今どこに?」
「本土です」
「なら大丈夫だ。本土の医療水準はプラントにも劣らない」
 そう言いながら彼はそっと肩に手を置いてくる。きっと慰めてくれるつもりなのだろう。
 本気で心配してくれているのがわかって少しだけ申し訳ない気持ちがわき上がってくる。
 そんな会話を交わしている間に護衛を引き連れた男がこちらに近づいてきた。
 見る者を引きつける容姿は間違いなく計画してそう生まれたからだろう。
 相も変わらず豪奢な髪の毛を揺らしながら進んでいるそいつの顔には、善良な笑みが張り付いている。その腹の中がどれだけ黒いかを知っているものは本当に親しいものだけだろう。
 一番要注意なのはやはり彼か。
 さりげなくその横顔を確認する。そうすれば、タイミングを合わせたかのように彼が顔を向けてきた。
 反射的に目を丸くしてみせる。
「美形が多いコーディネイターの中でも特に美形ですね」
 そして、こう呟く。
「確かに迫力が違うね」
 彼もそう言ってくれる。
 そんな自分達の反応をどう受け止めたのかはわからない。だが、目の前の男が視線をそらしたのがわかった。
 そのまま再び歩き始める。
 しかし、あの男に今の姿を見られたのはまずかった。この容姿をあの男が見逃すはずがない。きっと、何かを仕掛けてくるはずだ。
 相談することがまた一つ増えたな、と心の中だけで呟く。
 彼らの姿が完全に見えなくなったところで、周囲にざわめきが戻る。それを待っていたかのようにアナウンスが流れた。
「どうやら手続きが再開されたようですね」
 ラウはそう告げる。
「よかったな」
 こう言い返されて、ラウは小さく頷いて見せた。

BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝